変分法を使う動機

最速降下曲線:歴史上初めて変分法が使われた問題

問題

坂道に沿って質点をすべらせるとき、坂がどのような曲線なら、最も早く下まで落ちるだろうか。

言い換えると、降下時間を T[f(x)]T[f(x)] とするとき、これを最小にするのは、どのような曲線 f(x)f(x) だろうか。

x y A B
答えの曲線(サイクロイド)。yy 軸は下向き

答えは、サイクロイドと呼ばれる次の曲線である。

x=a(θ−sin⁡θ),y=a(1−cos⁡θ)x = a(\theta - \sin\theta), \qquad y = a(1 - \cos\theta)

ただし、

  • A を原点にとり、xx 軸は水平、yy 軸は鉛直下向き
  • θ\theta は曲線上の位置を表す媒介変数(A で θ=0\theta = 0)
  • aa は曲線が B を通るように決める正の定数

これが変分法で解けることを示す問題:最速降下曲線がサイクロイドであることを示す

この最速降下曲線の問題が、オイラーの変分法の足がかりとなった。

余談

この問題はヨハン・ベルヌーイが出したもので、ニュートン、ライプニッツ、ヤコブ・ベルヌーイ(ヨハンの兄)、ロピタルらが答えを送りました。ニュートンは匿名で送ったのですが、すぐにバレてしまったそうです。

フェルマーの原理(幾何光学)と最小作用の原理(力学)

変分法を使う動機として、2つの具体例を考える。

フェルマーの原理(幾何光学)

実際の光の経路は、到達時間が停留する(多くは最小になる)経路である。

これは原理である(ほかのことから導くものではない)。

y x A(光源) B(観測点) ds 光路 f(x)
点 A から点 B への光路 f(x)f(x)。太い部分が微小線素 dsds

ただし、

  • n(x,y)n(x, y) は屈折率の場
  • cc は真空中の光の速さ
  • c(x,y)c(x, y) は媒質中の光の速さ(c(x,y)=c/n(x,y)c(x, y) = c / n(x, y))
  • tA, tBt_A,\ t_B は光が A を出る時刻と B に着く時刻
T[f(x)]T[f(x)]== ∫tAtBdt\displaystyle\int_{t_A}^{t_B} dt A から B に着くまでにかかる時間
== ∫ABdsc(x,y)\displaystyle\int_A^B \frac{ds}{c(x, y)} dt=dsc(x,y)dt = \dfrac{ds}{c(x, y)} で置換した(時間は距離を光の速さで割ったもの)。
== 1c∫ABds n(x,y)\displaystyle\frac{1}{c} \int_A^B ds\, n(x, y) c(x,y)=cn(x,y)c(x, y) = \dfrac{c}{n(x, y)} を代入した。

これが停留する(多くは最小になる)f(x)f(x) が、光の経路である。真空中なら屈折率は恒等的に n≡1n \equiv 1 なので、T=1c∫ABdsT = \dfrac{1}{c}\displaystyle\int_A^B ds は経路の長さに比例し、光の経路は必ず直線になる。

最小作用の原理(力学)

物理的に実現される軌道 x(t)\boldsymbol x(t) は、作用(action)S[x(t)]S[\boldsymbol x(t)] の {∙ 停留条件∙ 汎関数微分が 0 になる条件∙ 極値条件}\left\{ \begin{array}{l} \bullet\ \text{停留条件} \\ \bullet\ \text{汎関数微分が } 0 \text{ になる条件} \\ \bullet\ \text{極値条件} \end{array} \right\} を満たす。

この3つは同じことの言い換えである。

古典論の範囲で、力が保存力のとき、作用は次のように書ける。

S[x(t)]=∫t0t1dt[m2(dxdt)2−V(x)]S[\boldsymbol x(t)] = \int_{t_0}^{t_1} dt \left[ \frac{m}{2} \left( \frac{d\boldsymbol x}{dt} \right)^2 - V(\boldsymbol x) \right]

ただし、

  • mm は質量
  • V(x)V(\boldsymbol x) はポテンシャル
  • 端点 x(t0), x(t1)\boldsymbol x(t_0),\ \boldsymbol x(t_1) は固定する

x(t)→x(t)+δx(t)\boldsymbol x(t) \to \boldsymbol x(t) + \delta\boldsymbol x(t) と、元の軌道のまわりで少しだけ変えてみても δS=0\delta S = 0 となるならば、x(t)\boldsymbol x(t) が物理的に実現される正しい軌道である。これが最小作用の原理(停留作用の原理)である。汎関数微分を使って、この原理から運動方程式を導く。

00== δSδx(t)\dfrac{\delta S}{\delta \boldsymbol x(t)} 最小作用の原理(δS=0\delta S = 0 となる軌道では、δx\delta \boldsymbol x の1次の係数である汎関数微分が 00)。
== δδx(t)∫t0t1dt[m2(dxdt)2−V(x)]\displaystyle\frac{\delta}{\delta \boldsymbol x(t)} \int_{t_0}^{t_1} dt \left[ \frac{m}{2} \left( \frac{d\boldsymbol x}{dt} \right)^2 - V(\boldsymbol x) \right] 作用 SS を代入した。
== m2δδx(t)∫t0t1dt(dxdt)2−δδx(t)∫t0t1dt V(x)\displaystyle\frac{m}{2} \frac{\delta}{\delta \boldsymbol x(t)} \int_{t_0}^{t_1} dt \left( \frac{d\boldsymbol x}{dt} \right)^2 - \frac{\delta}{\delta \boldsymbol x(t)} \int_{t_0}^{t_1} dt\, V(\boldsymbol x) 汎関数微分の線形性(和の汎関数微分は汎関数微分の和、定数倍は外に出せる)を使った。
== m2(−2d2xdt2)−δδx(t)∫t0t1dt V(x)\displaystyle\frac{m}{2} \left( -2 \frac{d^2 \boldsymbol x}{dt^2} \right) - \frac{\delta}{\delta \boldsymbol x(t)} \int_{t_0}^{t_1} dt\, V(\boldsymbol x) 第1項に、問題「汎関数微分の計算」(3) の結果 δδq(t)∫t0t1dt(dqdt)2=−2d2qdt2\dfrac{\delta}{\delta q(t)} \displaystyle\int_{t_0}^{t_1} dt \left( \frac{dq}{dt} \right)^2 = -2\frac{d^2 q}{dt^2} を使った(qq を x\boldsymbol x の各成分とした)。
== −md2xdt2−δδx(t)∫t0t1dt V(x)\displaystyle -m \frac{d^2 \boldsymbol x}{dt^2} - \frac{\delta}{\delta \boldsymbol x(t)} \int_{t_0}^{t_1} dt\, V(\boldsymbol x) 第1項の係数をまとめた。
== −md2xdt2−∇V(x)\displaystyle -m \frac{d^2 \boldsymbol x}{dt^2} - \nabla V(\boldsymbol x) 第2項に、ポテンシャルの積分の汎関数微分 δδx(t)∫t0t1dt V(x)=∇V(x(t))\dfrac{\delta}{\delta \boldsymbol x(t)} \displaystyle\int_{t_0}^{t_1} dt\, V(\boldsymbol x) = \nabla V(\boldsymbol x(t)) を使った。
ポテンシャルの積分の汎関数微分を求める(クリックで開閉)
∴ md2xdt2\therefore\ m \dfrac{d^2 \boldsymbol x}{dt^2}== −∇V(x)-\nabla V(\boldsymbol x) 上の式を移項した。
== F(x)\boldsymbol F(\boldsymbol x) 保存力 F(x)\boldsymbol F(\boldsymbol x) とポテンシャルの関係

こうして運動方程式が出てくる。

関連して、相対論的な自由粒子の作用は次のようになる。

SS== −mc2∫dτ\displaystyle -mc^2 \int d\tau 相対論的な自由粒子の作用(τ\tau は固有時)
== −mc2∫dt1−v2c2\displaystyle -mc^2 \int dt \sqrt{1 - \frac{v^2}{c^2}} 固有時 dτ=dt1−v2/c2d\tau = dt\sqrt{1 - v^2/c^2} を使った(1−v2/c2\sqrt{1 - v^2/c^2} は 1/γ1/\gamma、γ\gamma はローレンツ因子)。
≃\simeq ∫dt(−mc2+12mv2)\displaystyle \int dt \left( -mc^2 + \frac{1}{2} m v^2 \right) 非相対論的極限(non-relativistic)v≪cv \ll c で、1−x≃1−x2\sqrt{1 - x} \simeq 1 - \dfrac{x}{2} と。

余談

光の通り道の話に戻ると、屈折率が大きく変わるところでは、同じ光源と同じ観測点の間に、可能な経路が2つあることがあります。蜃気楼や重力レンズがこの例です。

A B
屈折率が大きく変わる場(色の濃淡)では、A から B への経路が2つあることがある

古典論の作用では、[  ][\ \ ] の中に「運動の項 −- ポテンシャル」が出てきました。相対論の場合に出てきた −mc2-mc^2 の「−-」に注目すると、静止質量の項 mc2mc^2 はポテンシャルとみなせるのではないか。こう考えて発展させたものが、ヒッグス機構です。

量子力学の変分原理

固有値方程式

H^∣ψn⟩=En∣ψn⟩(n=0,1,2,… )\hat H |\psi_n\rangle = E_n |\psi_n\rangle \qquad (n = 0, 1, 2, \dots)

は、一般には解けない。3体問題ですら解析解がない。それでも、基底状態(最低のエネルギーの状態)H^∣ψ0⟩=E0∣ψ0⟩\hat H |\psi_0\rangle = E_0 |\psi_0\rangle だけでもよいから知りたい。

量子力学の変分原理

規格化された状態ベクトル ∣ψ⟩|\psi\rangle のうち、以下の E[ψ(x)]E[\psi(x)] を最小にするものが、基底状態 ∣ψ0⟩|\psi_0\rangle である。

E[ψ(x)]=⟨ψ∣H^∣ψ⟩E[\psi(x)] = \langle \psi | \hat H | \psi \rangle

ただし、

  • 規格化は ⟨ψ∣ψ⟩=1\langle \psi | \psi \rangle = 1
  • ψ(x)\psi(x) は波動関数(wave function、wf と略す)(ψ(x)=⟨x∣ψ⟩\psi(x) = \langle x | \psi \rangle)
  • EE は汎関数で、引数は波動関数 ψ(x)\psi(x)

固有値方程式を直接解かなくても、E[ψ(x)]E[\psi(x)] が小さくなるような ψ(x)\psi(x) を探せばよい。これが変分法の考え方である。

変分法のよいところは、近似解の優劣が分かることである。真の解よりも E[ψ(x)]E[\psi(x)] が小さくなることはない(E[ψ(x)]≥E0E[\psi(x)] \ge E_0)ことが分かっているので、小さくなったら間違いだといえる。そして、EE ができるだけ小さくなる波動関数ほど、真の値に近いといえる。

余談

BCS 理論は、この方法がバチッと当たった例です。